上高地その1
青文字をクリックすると関連サイトにリンクします。
上高地に興味を持ち始めたのは、確か20歳の頃だっただろうか。
でも、当時は何よりもバイクに夢中で、他のことは全部二の次だった。
あの頃はノーヘルOK?で髪を風になびかせて走るのが快感だった。
そんなせいか、自慢の髪も風に吹き飛ばされて今では風を地肌で感じるこの頃。
野宿して日本一周したのが21歳の夏で、今にして思えば相当無謀な行動だった。
地図とシュラフに護身用のナイフを懐に忍ばせ、計画なしの極楽とんぼそのもの。
野宿する場所が無くて交番に泊めろ押しかけ、追い返されたのも懐かしい思い出。
そんな次第で、上高地は頭の中で朧げになり、何十年も足を運ぶことはなかった。

当時の愛車のヤマハRX350はナナハンイーターと評判の俊足だったけれど、一番はカワサキマッハⅢだった。
CB750との勝負は出足は負けなかったが、100km.からの加速には敵わなかった。
初めての高速道路で185kmで制御不能になって中央分離帯に突っ込みかけて奇跡的に助かったのは今でも不思議に思う。
多分、目に見えない誰かが助けてくれたのだろう。(ご先祖の背後霊かも?)
そんな横着者も家庭を持つと、表向きは常識人?に変身(脱皮かも)していく。
それから数十年の歳月が流れたある日、突如上高地を思い出す事態に遭遇する。

この標識が目に飛び込んで #上高地 の想いが一気に覚醒した。
標識が上高地へおいでよと呼んでいた。
そしてここでスイッチオン!
そうだ!上高地に行きたかったんだ!
これが僕の上高地物語の始まりとなる。
それから行動は早く、その数日後には #上高地 に向けて車を飛ばしていた。
が、野放図な性格が災いして上高地の入り口で門前払いをされる羽目になる。
そりゃ下調べも準備もなしで出かけたのだからはなから結果は見えていた。
その時の行動は言うとこうだ・・。
鼻歌気分で紅葉を見ながら途中でせせらぎ渓谷に立ち寄ったのが間違いの始まり。
そして、飛騨市経由の大回りしたのが決定的な間違いでこの時点でアウトだった。
飛騨の山道でお猿さんに遭遇した頃に流石に時間が気になりだしていたのだが・・。
それでもまだ大丈夫だろうと、強行した時点で赤信号突破の暴走状態に・・。
やっとの思いで釜トンネルに着いてみれば、何やら怪しい人影が・・。
良く見れば警備員みたいだ。これはまずいかもと思ったところに・・。
警備員が気の毒そうに『この先はマイカー乗り入れ禁止です。』そして↓。
『今日のシャトルバスは終了して入山できません!』ああ!無情!

と、そんな訳で、己の愚かさを呪いながら夜道を寂しく引き返す羽目と相成った。
お猿さんに会えただけでも良かった自分を慰めたが、帰り道は果てしなく遠かった。
が、次の週には再挑戦してリベンジしたのだから自分ながら見上げたもんだ。
ようやくの思いで上高地の地を踏んだ感激はひとしおで、以来、5回足を運んだ。
そんな苦い経験から始まった上高地の思い出を徒然に書き続けて行こうと思う。
初めての上高地は、紅葉は色あせて何処か寂しい晩秋の気配が漂っていた。
そんな訳で、次は新緑の上高地だと計画したけど、春が短くておまけに長梅雨の影響で天候にも恵まれず、二度目の上高地は澄み切った青空と、萌える緑の夏模様になっていた。
小鳥が楽しく歌い、子猿たちが戯れ、お魚さんや蜜蜂が楽園を謳歌しているところを見られて幸せな時間を過ごせた。
初めての上高地に感激して、忙しく歩き廻って気が付けば足が棒になっていた。
そんな経験を活かして、今ではゼンマイを緩く巻いてのんびりと動く様にしている。
ついでながら、初めて上高地に立った時の少し恥ずかしいお話をひとつ・・。
それは、大正池でバスを降りて少し歩いた先で初めて焼岳を見た時の一幕。
突如、目の前に現れた山が何だか知らず、茫然と見上げていると近くから人の声が・・。
ねえ、見て!あのお山が焼岳だよ。でもそんなに高く見えないね。
そうか、あれが焼岳なのか?確かに高く見えないな。
焼岳標高は約2500メートルだけど僕たちが立っている上高地の標高は約1500メートルだからそれほど高く見えないのさ。
ほうほう!なるほどそういう訳か、帰ったら皆に教えてやろう。
何気ない顔して聞いていたけど、何も知らなかった自分がちょっと恥ずかしかった。
まあ、こんな感じ始まった上高地デビューでありました。






